top of page
喫茶ぺぷちん
〜旅する金魚〜

物語
小説
詩


あの人は変な人 #03
第3話 「再会」 ある土曜日。午前6時。 瑞希が目を覚ましたとき、ベッドの左側はすでに冷たかった。 いつもは自分の方が早く起きるのに、今朝は崇が先だったらしい。 リビングに向かうと水を流す音がした。 崇はすでに身支度を済ませ、使ったグラスをシンクに置いているところだった。 「早いね?コーヒー淹れようか?」 瑞希が声をかけると、崇は軽く首を振った。 「今日はいいや。もう出るから。」 そう言ってスマホをポケットにしまって玄関に向かった。 「靴、汚れちゃうんじゃない?」 崇に続いて出た廊下で見慣れない靴を見て尋ねる。 「キャンプって言っても、テント張るんじゃなくて取引先の保養所。半分ホテルみたいなコテージだから平気平気。」 そう言いながら、崇は靴の紐を締めた。 接待ゴルフの時はブーブー文句ばかりなのに、アウトドアは好きだったのか。 まだまだ知らない一面があるものだ。 なんだか取り残されたような気持ちで玄関のカギを静かに回した。 残されたグラスが朝の光を取り込んで虹色にきらめいていた。 リビングに戻った瑞希はすぐに窓を開けた。 部屋に入ってくる空気はひん

木浦 ルカ
2025年11月21日読了時間: 9分


あの人は変な人 #02
第二話 「事実は人の数だけ」 午後一時。波佐見聡介は窓に打ち付ける雨のしずくを眺めていた。 彼の本名を知る者は少ない。 ここ『喫茶ぺぷちん』のマスターである。 今日はもう客は来ないだろうな……心の中でつぶやく。 幾分雨足は弱まったが、あんな大雨の後だ。 わざわざ用もないのに商店街に繰り出す人なんていないだろう。 流れているベートーヴェンの田園に雨音が混じる。 普段に増して暗い店内が、まるで映画のワンシーンのようにも見える。 今いる客は二人だけ。 一人は新聞を広げたままじっと目を閉じている老人。 松浦酒店の元店主で、南住吉商店街連合会の前会長でもある。 眉間にしわを寄せ沈思黙考しているようだが、あれはいつもの昼寝だろう。 もう一人はスーツ姿の若い男。 時折電話をするが、それ以外はずっと漫画を読んでいる。 昼休憩にしては随分と長い。 きっと、会社に戻りたくないのかもしれないな…なんて考える。 そんな様子を見ていると、賑やかで慌ただしい日とは異なる、静かな充足感に満たされていく

木浦 ルカ
2025年9月17日読了時間: 8分


あの人は変な人 #01
第一話 「大変な一日」 変な人だったよ。 記憶を辿り、うつらうつら。 今日出会ったメガネの男の話をする。 「変な人だったよ。なんか不気味だった。」 大変な一日だった。 急な雨に足止めされ、ようやく帰宅したと思えば、またすぐに買い出しに出る羽目に。 美味しくできたかどうかは自信がないが、一汁三菜の夕飯も作った。 どうして出来合いのもので済ませようと思いつかなかったのだろう。 そうだ、昼に会ったあの人のことをずっと考えていたからか。 時計は午前0時に迫っていた。 眠りにつく前、瑞希はとりとめなく雨の話、今日会った男の話を続けた。 疲れ切っていて、自分の話に恋人が生返事なことなんて、ちっとも気が付かなかった。 ちょうど12時間前に遡る。 その日の昼、健康診断を終えた山中瑞希の足取りは軽かった。 今日は午後からの出社は免除され、検診後はそのまま直帰できることになっていた。 前日の午後9時からは水しか口にしていなかったものだから、頭の中は昼食のことでいっぱいだった。 一刻も早く空腹を満たしたいところだが、胃カメラの前に喉に麻酔スプレーを吹きかけられており、

木浦 ルカ
2025年8月14日読了時間: 6分
bottom of page