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たびびとしらず #03

執筆者の写真: 西館 在
西館 在
2025年12月23日
読了時間: 5分

更新日:4月17日

島好き在さんの旅の記憶


第三回『桃鉄ワールド』


未だに破られていない私史上最高金額の旅費がかかった「そこ」に行きたいと初めて

思ったのは「桃鉄」だった。


当時持っていたニンテンドーDS(3DSではなく!)でプレイした桃鉄ワールドで見たウユニ塩湖。


ゲーム内で天空の鏡と呼ばれるそのアニメを見たとき「いつか行きたいな」と漠然と思った。


実現させるぞ!というエネルギーをくすぶらせていたわけでもないのだが、何かの折に「ウユニ塩湖、一度は行ってみたいなぁ 」と思い出すことはあった…


それ程度の熱量だったのに、まさか本当に行けることになろうとは。


それから10年は経っただろうか。


旅友の友人と「年末どこかに行く?」と話をしたのが正しく「何かの折」のタイミングだった。


「一度でいいからウユニ塩湖に行ってみたいんだよね」と私は言った。


友人は南アフリカに行きたいと言った。


南アフリカ。


行きたいという発想になったこともなかったが、それはそれでとても魅惑的な響きだった。


ただ友人と私とでは年末年始の休みの日数が異なっており、南アフリカは最低でも1週間~10日のツアーしか見当たらず、冬休みが10日ある友人は行くことができるが、その年の私の年末年始は6日しか休みがなかった。


「南アフリカは厳しいなぁ 」ネットで様々なツアーを見ながら唸っていると「ボリビア ウユニ塩湖… 6日間」というツアーが目に留まった。


年末年始の一番のハイシーズンであるお値段70万。


金額を見て息を飲むどころか息が止まった。


さすがに70万は「コレにしようよ」と気軽に言える金額ではなかった。


私は見なかったことにして他の候補地を探した。


しかし友人が「今、ウユニ塩湖あったよね?」と私の手を止めた。


「あったけど…70万よ?」


「年末年始だし南米だしそれくらいはするんじゃないの?」


「ななじゅうまん…流石に躊躇わない?」


「行ってもいいよ。確かに行ってみたい。その代わり来年の年末は南アフリカ付き合ってくれる?」


そこまで言われても私はまだ躊躇していた。決して安い金額ではない。


冬のボーナスを全額充てても足りないし性質の悪いジョークにすら思えてくる金額だ。


しかし「いつか行きたい」とは思っていた。


南米どころか北米にすら行ったこともないし、英語もできないからツアーじゃないと参加できないし、一人参加となると割増料金も要るし。


70 万もする旅に「行ってもいいよ」なんて言ってくれる人はこの先現れるかどうかも分からない。


それに来年は南アフリカというバーター条件があるのなら、友人に 70 万も使わせてしまったという罪悪感もチャラ(何なら南アフリカの方が日数的にも高そう)じゃないか。


数日悩んで私は友人に「先日見つけたあのウユニ塩湖の旅に行きたい」と伝えた。


友人は「お昼ご飯パスタにしない?」と誘われた時のような軽い口調で「いいよ」と言った。


私にとっては清水の舞台から飛び降りるような決断だったのに。


ツアーなので申込みをして振り込みさえすれば行程は旅行会社が立てたとおりだし、

飛行機のチケットも手配してくれる。


なのでアメリカのどの空港を経由したのかなんてもうこれっぽっちも覚えていないのだが成田 → アメリカ → アメリカ(マイアミだったような??) → ペルー → ボリビアという空路の旅だった。


12月29日の夜に成田を出発したのに、最初のアメリカの空港に着いたときは29日の朝だった。


あの年、私は12月29日を40 時間くらい体感していた。


ボリビアの首都ラパスは標高3,800メートルの位置にあり、富士山の頂上よりも高い。


夜中に降り立ったその地は赤道直下だというのに時刻と標高の所為で寒かった。


身体を標高に慣らすためも兼ねて翌日はラパス市内観光だった。


総勢20名ほどのツアーの他の客とも何となく仲良くなり、私たち一行は大みそかにウユニ塩湖へ向かった。


ちょうどこの時期は乾季にあたり、塩湖は水があって正しく「天空の鏡」と呼ぶのにふさわしい部分と干からびて塩湖にひびが入っている部分があった。


日本人には水があるエリアが人気だが諸外国の人たちにはひび割れている方が人気らしい。


ツアーのうちほとんどの人が高山病になりながらも、遠近感のない塩湖を数日観光した。


U Y U N I
U Y U N I

来るのに(体感)40 時間かけたということは、帰るのも 40 時間かかるということだ。


帰りはコロンビアとラスベガスを経由し、空港のラウンジでご飯を食べているときカルロス・ゴーン氏が日本を脱出したことを知った。


南米にいたので「今度はベネズエラに行ってみたいんだよね」と話すツアー客にみんなで「いいですね」「エンゼルフォール、いつか見たいです」と賛同していた。


それから 1 か月もしないうちに武漢で発生したコロナウィルスで世界中が恐怖と不安に包まれ、春には空から国際線が消えた。


パンデミックは年末になっても収まることを知らず、私は友人と約束した「来年の年末は南アフリカね」を守ることができなかった。


そしてその後友人はアメリカへ移住し、6 年経った今でも約束を果たしていない。


南アフリカ、行きたいなぁ 。

西館 在 (にしだて ある)

旅とオールドミニクーパをこよなく愛するフーテン。気に入ったものを長く使い続けるのが好きで愛車は現在26年目。家で寛ぐことが好きなのに家にいるのはほぼ睡眠時間という矛盾を抱えて生きています。


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