たびびとしらず #02
- 西舘 在

- 2025年11月11日
- 読了時間: 4分
更新日:2025年11月24日
島好き在さんの旅の記憶
第二回「メリークリスマス」
風がビュービューと吹きつけ、肌を刺すような冷たさに私はコートの前をぎゅっと抱え込む。
「こんなはずじゃなかったのに…」
という言葉が、さっきからずっと頭の中を占領している。
風に乗って、遠くからクリスマスソングが聞こえてくる。
クリスマスを那覇で過ごすのは初めてだった。というより、12月の沖縄自体が初めてだった。
さすがに半袖で過ごせるとは思っていなかったが、「やっぱり本州よりは暖かいねぇ」と言えるくらいの気候を期待していた。
それなのに、国際通りへ向かって歩く私の口から出た言葉は「寒ぅ…」の一言に尽きた。
海から吹く風がビルの谷間を抜けて、鋭く私に向かってくる。
地元の人たちも「今年の寒さは異常だよ」と言っていた。
日が沈み、あたりが暗くなると、冷え込みは一層厳しく感じられた。
それでも、暗い通りから明るい国際通りに出ると、お土産屋や飲食店から流れるクリスマスソング、三線の音、FMラジオのチャンプルーが、丸めていた体から少しだけ力を抜いてくれた。
シーサーやちんすこう、Tシャツなどを横目に歩いていると、「こんなはずじゃなかったのに」という言葉が、少しだけ心の奥に押しやられていった。
まだ19時前だというのに、シャッターを下ろしている店が多い牧志の方へ足を向けたのは、よりディープな沖縄を求めていた気持ちと、アーケードになっているので寒さが少しでも和らぐだろうという思いからだった。
晩御飯はどこで食べよう。
できれば観光客向けではなく、地元の人が集う店がいい。
そう思いながら奥へ奥へと歩を進めていると、一軒の古本屋の灯りが目に留まった。
「帰りの飛行機の中で読める手頃な文庫本でもあれば」と軽い気持ちで店の前に立ち止まる。
店頭の段ボールに並ぶ本を眺めていると、見覚えのある背表紙に視線が止まった。
『帰れぬ人びと 鷺沢萠』
クリスマスにふさわしい赤いカバーのその本を手に取ると、表紙にはグリーンのイラストが描かれていて、ますますクリスマスらしい雰囲気だった。
私が一番好きな作家。そのデビュー作だ。
彼女を初めて知ったのは高校生の頃で、それから数えるともう30年近くになる。
四半世紀の間に、彼女が繊細で豪快で、そして沖縄をこよなく愛していたことを知った(余談だが、繊細と豪快が同時に人柄として成り立つことを彼女から教わった)。
そして、彼女はもうこの世にはいない。
それでも、彼女の作品はこうして、彼女が愛した沖縄にある。
懐かしさを感じながらページをパラパラとめくると、最後の奥付に目が留まった。
1989年11月1日 第1刷
思わず息をのむ。
自宅の本棚にあるものが何版かは覚えていないが、初版ではなかったことは確かだ。
発売と同時に彼女の作品を買えるようになったのは、もっと後の作品からだった。
買いたい。いや、買わなきゃ。
「帰りの飛行機で読む本」なんてもうどうでもよかった。
「こんなはずじゃなかったのに」なんて言葉も、すっかり霧散していた。
値段は550円。
私は急いで鞄から財布を取り出した。
小銭入れには500円玉が1枚だけ。
札入れを確認すると、千円札も五千円札もなく、一万円札が数枚だけ。
好きな作家のデビュー作の初版なのだから、一万円を惜しむ理由はない。
でも、小さな個人商店で550円の本を買うのに万札を出すのは、少し気が引けた。
それでも買いたい。レジで本と一万円札を差し出す。
「550円ね」と店のお母さん。
「一万円札でごめんなさい…。小銭が500円玉しかなくて、千円札も切らしてて」
申し訳なさそうに言うと、お母さんは「500円でいいよ」と言った。
「え?」ときょとんとした私に向かって、「クリスマスだからね」とウィンクしてくれた。
「ありがとう!」
私は急いで500円玉をレジに置くと、お母さんは「メリークリスマス」と言って一万円札を返してくれた。
「メリークリスマス!」
クリスマスカラーの本を抱えて店を出ると、心はぽかぽかと温かく、丸まっていた背中もどこへやら、スキップしたい気持ちになっていた。
さあ、晩御飯はどこで食べよう。
地元の人がいるお店がいいな。


西舘 在 (にしだて ある)
旅とオールドミニクーパをこよなく愛するフーテン。気に入ったものを長く使い続けるのが好きで愛車は現在26年目。家で寛ぐことが好きなのに家にいるのはほぼ睡眠時間という矛盾を抱えて生きています。


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