ピラティスとピラティス以外と私 #02

更新日:2025年11月24日
第2回『できなさ天下⼀品のピラティスデビュー』
前回はピラティスとの出会いについて語らせていただきました。
劇的な出会いから実際に養成コースが始まり、なんだか様⼦が怪しくなってきて―――
今回はそんなお話し。
養成コース1⽇⽬、いきなり「解剖学」の授業。
今でこそ⼤好きな「解剖学」も、筋⾁の起始・停⽌・作 ⽤・神経⽀配…何のことやら…
アイソメトリック?はあ?と聞いたこともない⽤語のオンパレードに脳みそがショート。
教科書を前に何を書けばいいのかわからず、必死に⽿を傾けても初めて聞く専⾨⽤語はまるで呪⽂。
実はゲーマーであった過去を持つ私。
ドラクエの呪⽂ならスラスラ⾔えるし、効果までバッチリ覚えていたのに…
なぜこれは、まったく頭に⼊ってこないのか。
「⼤丈夫かな私…」と不安に なったその⽇の帰り道は元々持っていた肩こりはさらにひどくなっていた(笑)。
すでに⾃信を無くしかけて迎えた2⽇⽬、覚える呪⽂はさらに難しくなっていった。
理解するのを早々 にリタイヤ。
「ピラティスってこんなこと全部覚えるの?」と⼼の扉は閉ざされていった。
先⽣に当てられても答えられないし、せっかくの助け⾈も受け取れない。
難なく答えるフィットネス出⾝者や、何とかついていく他の受講⽣を眺めながら、私は完全に置いてけぼりだった。
4⽇⽬からは実技がスタート。
グループレッスンの経験はあったので、初級はそれなりに知っていたし上⼿くできていた…と思いたい。
けれど、中級に⼊った途端、雲⾏きが怪しくなる。
ここで天下⼀品の⾝体の硬さが露呈するのだ。
「解剖学」よりは先⽣の⾔葉は理解できる。でも、⾝体は動かない。むしろ痛い!
追い討ちをかけるように メンバーの⾃⼰紹介でも衝撃を受けることになる。
集まったのはほぼ全てがフィットネス出⾝者やダン サー、さらにはスポーツ専⾨学校の学⽣、医学⽣までいて、まさに”⾝体系”のバックグラウンドを持つ ⼈ばかり。
「あの、私、呉服屋出⾝ですけど・・??」場違いなのではと不安になった。
ただ、ファッションが⼤好きな私は、装いは⼀丁前。
メンバー⽈く「⾒るからにインストラクター」だったらしい。
でも、動けないたびに格好つかなくて。もう、笑うしかなかった。
先⽣は⾔う、まるで簡単だと⾔わんばかりに。「もっと伸ばして〜、まだいけるよ〜」と。
……!?
「これ以上伸びませんけど!?というか伸びてる感覚とは何ぞーーー??」
⼼の中で叫びながらプルプル震えていた。
毎⽇全⾝筋⾁痛。
それはそれで頑張った証のような感じがしてスタジオに向かう電⾞の中で「今⽇もい っちょやりますか!」と頑張っている⾃分に酔っていた記憶がある。余裕なんか1ミリもなかったのに。
後半にはインストラクターの最⼤の課題「ティーチング」が待っていた。
実際のグループレッスンのように1⼈がみんなに指導するのだ。
これが思ったより難しい。
順番も呼吸もリードもすべて頭に⼊れて進めなきゃいけない上に、⼈前に⽴つだけで緊張するのだ。
正直あれは本当に嫌だったなあ。
インスト ラクターらしさなど皆無な指導をした記憶は消してしまいたい。
ただその時の先⽣からいただいた⾔葉は今も鮮明に覚えている。
「Akemiさんはハッタリがきくのが素晴らしいですね。インストラクターには⼤切な要素なんです。指導前には不安を⼝にしてあたふたしているのに、みんなの前に⽴った瞬間から堂々と振る舞っていますよね。まるでベテランのよう!」
なんて、なんて素敵なことを⾔ってくれるんだー!!
格好だけは⼀丁前。そして根っからのええかっこしい。
そんな⾃分がインストラクターとしての”強 み”を初めて得た気がした瞬間だった。
憧れのピラティスは、優雅どころか全⼒で“できない”の連続だった。
ただ、素晴らしい指導者と仲間に 恵まれ何とか乗り切れた。
――これが、私とピラティスの最初のリアルなつながり。
華麗なるスタート とは程遠かったけれど、今は全てが宝物みたいな思い出。
この養成コースから数年後、リフォーマー(ピラティス専⽤マシン)の上級コースで当時の仲間に再会した。
猛練習を重ねエクササイズができるようになった私を⾒せることができた。
「びっくりしたー!あの頃と別⼈。あの時はみんなで⼤丈夫かなって⼼配してたよ。頑張ったのがすごくわかる。」
と⾔われ思わずジーン…
ん?待てよ、みんなで⼼配?みんなで?そんなに⼼配されとったんかーい!
もちろん今も苦⼿なエクササイズがたくさん。
あの頃の何倍も磨かれた感性で、ピラティスオタクは ⽇々エクササイズに挑み続けるのだ。

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