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たびびとしらず #06

執筆者の写真: 西館 在
西館 在
4月15日
読了時間: 6分

更新日:6月3日

島好き在さんの旅の記憶

はての浜
はての浜

第6回『上を出せ』


こういうのを「命の洗濯」というのだろうなぁ、と白い砂浜の果てで、空と海の区別がつかないような青を眺めながら思っていた。


見渡す限り、周囲360度に誰もいない。水平線の先まで人っ子一人見えず、まるで無人島に漂流してきた人のようだった。


沖縄県・久米島の先にある「はての浜」。

4月のある平日、私はそこで佇み、「何もしない」を満喫していた。私を運んでくれた船頭さんは「また夕方に迎えに来ます」と言って帰っていった。


全長7kmの白い砂浜のほかには、日よけの掘っ立て小屋が一つぽつんと建っているだけ。携帯電話の電波も届かない、何もない浜で、私は無心になるしかなかった。


頭の中を空っぽにするのも難しいもので、こういう時に思い出すのは、楽しかった出来事よりも、恥ずかしかったことや嫌なことの方が多い。深くため息をついても、叫んでみても、なんならもんどりうっても、そんな私を見る人は誰もいない。


30分くらい経ったんじゃないかと時計を見ると、実際は10分程度しか経っていなかった。


船頭さんが迎えに来るのを忘れていたら、あるいは悪意あって迎えに来なかったら、私はこのままここで野垂れ死ぬのではないかと、サスペンスさながらのことも頭をよぎる。


それでもそんな思いを一通りやり過ごすと、あとは海と空と砂浜と風を眺めながら、「ここで死ぬなら本望だな」と、必要のない開き直りをして、小屋の中で大の字になって昼寝をした。


船頭さんはちゃんと夕方前に迎えに来てくれて、私の心配は杞憂に終わった。色々吐き出しきって、体内に潮風をめいっぱい取り込んだ私の心と頭は、空っぽで満たされていた。


久米島の夕方


久米島本島に戻った夕方、携帯電話の着信履歴に気が付いた。はての浜にいた間は圏外だったため、JALからの電話は留守電に入っていた。


曰く、半年前にマイルで予約した韓国便の、復路であるソウル―福岡の20時に出発するフライトがスケジュール変更で無くなったため、朝10時出発の便に振替予約したとのこと。


となると、併せて予約している翌日19時発の福岡―伊丹行のフライトが24時間以内のトランジットルールに違反するため、この便のフライトも変更してほしいという。


すっかり頭が空っぽになっていた私は、最初、JALが何を言っているのか理解できなかった。


JALのマイレージの有効期限が近かったので、ゴールデンウィークの韓国往復便を予約したのは前年の夏が過ぎたころだった。それでも時すでに遅しで、関空―ソウルは行きも帰りもマイル枠が満席だった。


そこで私は往路に関空―プサンを予約し、復路にソウル―福岡(1泊)―伊丹のフライトを押さえた。福岡の1泊はトランジット扱いにすることで、伊丹までマイル内で抑えることができる。


ただし、トランジットには「滞在時間24時間以内」というルールがある。そのため、ソウルを出発するフライトを夜便にして、福岡観光の時間を確保したのだ。


その夜便が無くなる…?


フライトスケジュールが突然変更になるわけもないので、そんな事情を1か月前になるまで連絡してこなかったJALに言いたいことは山ほどあった。


せっかく「何もしない」を満喫してきたのに、霧散してしまうような留守電を聞いてしまった。もう頭の中はJALへの不満でいっぱいになり、さっきまであった、というか何もなかった、あの空っぽの状態を返せと言いたかった。


再びの電話


翌日の昼、島内を観光していた時に再びJALから電話がかかってきた。今度は圏内にいたので無事に取ることができた。電話の向こうでJALのスタッフは、昨日の留守電と同じことを繰り返した。


「…というわけで、福岡―伊丹のフライトを早めてもらえないでしょうか」


「ソウル発の夜便が無くなったのが決まったのは最近でもないのに、なぜ今になっての連絡なのですか? 予約を見ていただくと分かる通り、往路はプサンに到着しています。復路のそのフライトに間に合うように韓国国内の移動スケジュールを既に組んでいます。前日にソウルにいるのではなく、当日地方からソウルに向かう予定です。今さら10時発だと言われても困ります」


「申し訳ございません」


「あなたにどれだけ不満をぶつけたところでフライトが復活するわけでもないのは重々承知しています。ただこちらも10時発のフライトに合わせるため、韓国内の移動予定を変更しなければなりません。こちらの状況を鑑みて、せめて伊丹行きは当初の19時発のままでお願いしたいです」


「それは…。トランジットは24時間以内というルールがありますので」


「ですが、こちらも19時のフライトを予約していたので、福岡で知人と会う予定を組んでいます。10時にソウルを出発してお昼前に福岡に着き、24時間ルールを順守するなら、ホテルをチェックアウトしてすぐ空港に向かわなくてはなりません。こちらも迷惑をかける人が出てきます」


「私の判断ではお答えできかねます」


「では、判断できる上の人を出してください」


人生で初めて言った「(お前じゃ話にならない)上を出せ」の相手が、まさかのJALだった。「いったん預からせてほしい」という返答に了承して、その場は電話を切った。


24時間以上の滞在でストップオーバー扱いになると、追加料金を言われる可能性が高かった。なので今回は料金に影響が出にくいトランジットで滞在したいと考えていた。


2時間ほど経ったころ、三度目のJALからの電話は、先ほどのスタッフではなく年配のスタッフだった。どうやら本当に「上」が出てきたようだった。


「この度のフライト変更のご連絡が遅くなり申し訳ございません」から始まる挨拶の後、なんだかんだと言い訳を並べられたが、結果としては「特例として」当初予約していた19時発の伊丹行きを変更することなく、そのままで良いということになった。


当然と言えば当然だが、私も学生時代に接客のアルバイトをした経験があるので、最後まで尊大な態度をとる客には腹立たしさしか残らない。だから最後はちゃんと「こちらのお願いを聞いてくださってありがとうございます」と言って電話を切った。


もう20年ほど昔の出来事だが、4月の陽気な天気になるといつも思い出す。あれから20年、「上を出せ」という機会が2、3度あった。言うたびにこの時の久米島を思い出す。そしてその後、上長が出てきてこちらがストンと納得できる誠意ある口調と対応をとったのは、本当にJALだけだった。


「上を出せ」までが、私の久米島の思い出のワンセット。



西館 在 (にしだて ある)

旅とオールドミニクーパをこよなく愛するフーテン。気に入ったものを長く使い続けるのが好きで愛車は現在26年目。家で寛ぐことが好きなのに家にいるのはほぼ睡眠時間という矛盾を抱えて生きています。

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